生かす温度、殺す温度

- 生かすも殺すも温度次第、目的に併せた温度管理 -

 

発酵と腐敗

 酒造りの基本の一つが温度管理。雑菌を殺すのも、酵母菌を生かすのも温度にかかっている。温度管理をしっかりして何かを作るという例は、姉妹サイトの『仙人酒って何?』や『納豆の作り方』で述べたが、乳酸菌や納豆菌の発酵についてだけだった。ここでは、もう少し立ち入った、しかし家庭で誰でもできる温度管理について述べよう。

 発酵と腐敗は実は同じだと私は考えている。微生物によって、生物由来の有機物が分解され、人間にとって好ましい、あるいは有用な結果となることを発酵と言い、好ましくない場合を腐敗と呼ぶ。だから酸っぱくならないように甘酒をかくとか、酸っぱくないどぶろくを醸すという場合は、乳酸菌や酢酸菌が繁殖しないような工夫が要る。逆に酢を作るときは酢酸菌だけが、ヨーグルトの場合は乳酸菌だけが生きられる環境を作る必要がある。

 発酵をもたらすものは細菌やカビなどの微生物だけではない。例えば紅茶の発酵は、茶葉に含まれる酵素による酸化発酵だ。糀で甘酒をかくというのは、実は糀菌の死滅した状態で、糀菌の作った酵素を働かせる糖化発酵だ。つまり糀菌と同時に他の細菌をも排除した無菌状態で糖化させるわけだ。



温度管理の基本

 微生物も生物だから、それぞれに適した命の温度がある。がしかし、生命を維持する温度の範囲は、菌ごとに異なる。冷蔵庫の中でも活発に増殖する菌もあれば、他の菌が死んでしまう70℃でも生き残る菌もあることは、冷蔵庫に保存した食品がかびたり腐ったりすることからも理解できる。

 菌によって、低温では発酵しにくいものと、低温でも発酵し続けるものがある。これを巧みに利用したのが清酒の醸造だ。低温で乳酸菌の発酵を押さえながら、酵母を働かせてアルコール分を増やすと、やがてアルコールで乳酸菌は死ぬ。生と死の間を利用するが、家庭では手に負えないので、どぶろく作りはしてはならない。

 酒造りで重要な糀菌は一種の青カビで、高温多湿を好む。一般に糀室で、まめに手を入れて作るが、同じ条件を備えた機械製麹も普及した。糀作りも家庭ではやらないほうがいい。実際のところ酒類やその原料となる糀は、無免許での製造が禁止されている。

 微生物には好気性菌と嫌気性菌がある。両者は同一環境では共存しないから、それぞれの発酵を使った装置もある。下水の浄化槽もその一つで、合併浄化槽の一方の槽に空気を送り込んでいるのは、好気性菌を活発に働かせるためだ。家庭でぬか床に手を入れるのも、同じ原理だ。

 微生物だけではなく、微生物の作り出す酵素にも生き死にがある。糀の糖化酵素は、おおむね70℃を超えると活性を失い、一旦活性を失ったものは、温度を下げても効力を発揮しない。熱によって酵素が分解してしまうからだ。納豆の有効成分の一つナットウキナーゼも酵素で、やはり熱で分解するから、血栓予防を目的とする場合は加熱調理には適さない。なお、骨の質を高めるもう一つの有効成分ビタミンKは、脂溶性で熱に強いから、煮ても壊れない。

 洗濯の洗剤には酵素が配合されているものがあるが、酵素を低温で働かすのは効率が悪い。汚れを落とす段階では、風呂の残り湯を使って、できれば40℃前後が一番の効果が期待できる。翌朝使う場合は、温度は下がってはいるが、水道水よりも温かいので、汚れ落としには適している。一般に酵素は、40℃前後がもっとも活性とされる。

 熱によって変わるという現象は、澱粉やタンパク質にもある。米を煮たり蒸かしたりするのは、結晶状態にあるβ澱粉の水素結合を破壊して、糖鎖が自由になったαデンプンに変え、糖化を可能にするためだ。卵を茹でると固くなるのは、ややこしい説明がなされてはいるが、要するにタンパク質が熱によって変成するからである。卵では黄身と白身では変成を起こす温度に違いがあるため、これを利用したものが温泉卵だ。



命の温度

 室温でも生きる微生物は、家庭では漬け物に活躍する。ぬか床は室内でも乳酸菌などの発酵が進む。漬け込んだキムチは、2週間ほどすると酸味が増す。従ってキムチに関しては熟度の好みにもよるが、できるだけ空気に触れないようにして、低温で保存するのが長持ちのコツである。

 微生物による発酵にとって最も適した温度は、酵素と同様、一般的に40℃である。ヨーグルトも納豆も、市販のヨーグルト熟成器で作ることができるが、そういう装置は40℃に温度設定されている。微生物ばかりでなく、人間の体内のある物質は、40℃から41℃の風呂でじっくり温まったときに活性化するそうだ。ただそういう環境で生活することはできないが。

 微生物は、一般に煮沸すると死滅する。パスツール法はこの原理によって、低温(42℃, 60℃, 80℃など)で長時間(30分から数時間)かけて殺菌することから、「低温殺菌」と呼ばれる。しかし納豆菌などの一部の細菌は、芽胞を作って生き残り、適温まで下がると再び活性化する。納豆作りは、この原理を使って、他の細菌の死滅した状態で菌を植え、40℃に下げて熟成させる。甘酒作りも同様だが、酵素の活性が失われず、かつ乳酸菌の繁殖しない60℃前後に保つ。清酒を瓶詰めする場合は、品質を損なわずに滅菌するために、68℃に加熱していた。

 微生物も死なず、酵素も分解されない温度は、おおむね50℃だ。最近評判の50℃洗いというのは、この温度で洗うことで細胞に活を入れることではないかと考えている。鶏の胸肉をベーコンのように薫製にする際に試みて、大変具合がいいので実行している。同様に70℃蒸しというのも紹介されているが、これはまだ試みていない。たぶん食材の酵素に働く方法ではないかと思うが、確信はない。それとは別に私は、一旦処理した食材を再度殺菌したり、鶏肉などを真空パックしたものを熱処理する場合に、電気炊飯器で70℃前後で30分間保温し、この操作を「ボイル」と言っている。



色々な卵

 全熟卵を作るには、蒸し器を使うのがいい。卵は予め室温に慣らしておいて、蒸し器が噴きはじめたら上鍋に入れて5分間蒸す。冷蔵庫から出したての卵を使う場合は、1分ほどよけいに蒸す。半熟卵の場合は、3〜4分でよい。細かな温度管理は鍋の大きさや火力によって多少前後するから、適宜加減する。

 温泉卵を作るには、電気炊飯器がお薦めだ。3カップの米を炊く程度に水または湯を入れて炊飯ボタンを押し、70℃になったところで室温に慣らした卵を杓文字などで静かに入れる。一旦スイッチを切って、保温にする。卵3〜4個なら、30分前後でできあがる。卵の黄身は65℃を超えると固まりはじめるが、白身は70℃を超えたあたりから固まる。従って65℃以上70℃未満に保つのがコツである。

 薫製の味付け半熟卵の作り方は、残念ながら知らない。もし知っている人があったら、ぜひ教えて欲しい。色々試みたが、一度も成功したことがない。



甘酒

 餅米またはうるち米150グラムをといで、2〜3時間ほとばしておく。同時進行で乾燥米糀150グラムに150ccの水を加えて戻しておく。(目方で管理する場合は、水以外は同量とするとよい)生の米糀の場合は、乾燥糀のほぼ倍量近くを用意する。米の目方に対する糀の量は、糀の出来によっても異なる。隙間なくはぜ込んでいるものなら、3割ほど減らしてもよい。逆に糀の粒に透明感のある隙間が残っているものは、3割ほど多めにするとよい。私はマルコメの乾燥米糀を使い、餅米300グラムに対して、糀200グラムで甘酒をかいているが、実はマルコメのレシピでは、米150グラムに対して倍量の300グラムの糀を指示している。

 糀で甘酒を作るにも電気炊飯器が活躍する。甘酒を作ることを「甘酒をかく」と言う。舟を漕ぐときの「水をかく」の「かく」と同根だが、今日的には、掻き混ぜる必要はない。むしろ雑菌の混入を防ぐ意味で、ラップもしくは濡れふきんで覆って、炊飯器の蓋を開けたままにしておくのがいい。蓋を閉じると、70℃を超える心配もあるからだ。麹菌や乳酸菌は55℃を超えると死にはじめ、糖化酵素は70℃を超えると分解されはじめる。菌を殺して酵素を生かすには、60℃前後が理想的だ。

 炊飯器の2〜3カップ分のところまで水を加え、おかゆモードで炊く。炊きあがったら熱湯を150〜200ccほど加えて掻き混ぜ、70℃になるまで冷やす。この作業は内釜を外に出して行なうほうがよい。70℃になったところで糀を加え、ラップまたは濡れたふきんで覆って、炊飯器の保温にセットする。内釜の中では対流が起こるので、掻き混ぜずに放置する。

 およそ10時間で甘酒の原液ができあがる。原液のまま保存する場合は、数分間炊飯モードにして、90℃以上に加熱し、予め温めておいた容器に入れて密栓する。その都度薄めて温めるのが面倒なら、原液に熱湯を加えて味を調整してから少量の食塩を加え、90℃以上に加熱して容器に保存する。この熱処理を「火入れ」と言い、火入れが不完全で酸っぱくなることを「火落ち」と言う。甘酒には乳酸菌の好むオリゴ糖が豊富なので、しっかり火を入れないと冷蔵庫でも酸敗することがある。

 老婆心ながら付け加えると、保存容器は大きすぎないほうがよい。口を付けた残りは、空気に触れるために乳酸菌が混入しやすいからだ。私は福助工業のナイロンポリ袋に約400グラムずつ保存して常温保存し、夫婦ふたりで毎回飲み切るようにしている。小分けしておくと、人にあげるにも都合がいい。

 マルコメでは「糀ジャム」というものを販売している。試みに出来あがった甘酒の原液300グラムを150グラムに煮詰めてみたところ、さっぱりした味わいのものが仕上がった。米糀にはまだまだ応用の余地がありそうだ。



保温のヒント

 ヨーグルトや納豆など、微生物の純粋培養を行なう場合は、熱処理によって一旦無菌状態にした後、40℃に保つのが基本だ。室温ではなく品温を40℃に保つには、それなりに工夫が要る。納豆は、大豆を熱処理したものを70〜80℃に冷やして菌液を加え、牛乳は一旦沸騰したものを40℃に冷やして種(スターター)を加える。どちらも低温殺菌したものを40℃に保温するのだから、雑菌が混入しないように細心の注意が必要だ。

 雑菌の混入を防ぐには密閉するのが手っ取り早いが、実はどちらも好気性菌なので、十分な量の空気を残しておかなければならない。納豆の場合は、豆が3段以下になるようにパックしたものを保温容器に入れる。ヨーグルトは、パックに3〜4センチの空きを残して蓋をし、保温容器に入れる。

 保温には、発泡スチロールの箱、段ボール箱、こたつ、風呂などが考えられる。最も手軽なのは、多少の出費を伴うが市販のヨーグルト熟成器、または納豆製造器だ。私は熱帯魚用のサーモスタットを利用して、40℃前後に保温する装置を自作して、納豆作りにもヨーグルト作りにも使っている。『納豆手作り記』に公開した。

 箱を利用する場合は、長時間の保温に対応する必要がある。ヨーグルトは4〜5時間で完成するが、納豆なら20時間は冷めないようにしなければならない。長時間の保温には、酸化鉄を利用した保温パック、電気あんか、湯たんぽ、ペットボトルが考えられる。保温パックは場所をとらないので使いやすいが、湯たんぽやペットボトルの場合はかなり大きな箱が必要だし、途中でお湯の入替もしなければならない。電気あんかを使う場合は、牛乳や大豆の入った容器を鍋などに入れて電気あんかの上にのせ、毛布などであんかと鍋を一つに包んでおく。

 甘酒の保温は、電気炊飯器の保温モードを使えばよいが、電気炊飯器を持っていない場合は、無水鍋などの密閉製の高い鍋に入れて、電気あんかで保温するのがいい。この場合、温度設定を最高にしても、せいぜい50℃なので、仕込んだものが十分熱いうちに蓋をして、毛布で包んだ上をポリエチレンやビニールのシートで包んで冷めにくくする。納豆は24時間前後、甘酒は10時間前後と長時間だが、途中で蓋を開けて様子を見たい気持ちをこらえる。蓋を開けると冷えるばかりでなく、雑菌が混入する恐れがあるからだ。目には見えないが、空気中には無数の細菌が漂っていることを忘れてはならない。

 低温殺菌と澱粉やタンパク質の熱処理を兼ね備えた優れた道具が電気炊飯器だ。蓋をして保温すると、70℃前後を保つ。メーカーごとに多少の差があるので、自分のものの性能をチェックしておくようお勧めする。まだ試みてはいないが、電気炊飯器は、ホットケーキやパン作りなどにも使えるそうなので、今後色々試してみるつもりだ。



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